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  「短歌を始めて」

 
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第24期大本青年部副部長  上田 信

 

大本信徒はもっと自信を持って下さい。伏し目がちの視線を少し上に上げて、視野をもっと広く持って、一歩と言わずに半歩でも、四分の一歩でもいいので、前に進んでいけば、大本信徒としての力がさらに発揮できると思います。これからは、みんなで協力して、世の中がよい方向に向っていくよう努力していきましよう。

(教主さまごあいさつ 要旨(一部抜粋)平成27年11月22日 「直心会・青松会・青年部役員合同ご面会」)

 

私はもともと、短歌を作る心得も学習意欲もさほどなく、「短歌を作れるようになりたい」と思うまで、十年かかりました。短歌作りに励むようになったのは、最近の事です。


ご奉仕に上がらせていただいて間もない頃、年に一度の「大本歌祭」に献歌をさせていただこうとするのですが、自分の思いや感謝の気持ちが、いつも頭の中でまとまりませんでした。


一方、教主さまや諸先輩方の献詠歌、また『木の花』誌に掲載されているお歌は、わずか三十一文字で、端的に奥深く味わい深く表現されています。


私もそれなりに感動し、感謝しながら生きているはず。それなのに三十一文字どころかまともに言葉にもできない。何が違うのだろうか、と真剣に考えました。おそらく、当たり前のことをありがたいと思わず、環境や周囲の変化にも気付かず、日々の生活が魂に響いていないのではないか……。そう思いました。そして、もし短歌をうまく作れるようになれば、もっと充実した日々を送れるようになるかもしれないと思い、「天恩郷短歌会」に顔を出すようになりました。実は、恥をかくのが嫌いなので、下手な歌を人前にさらされるのは、絶対やめておきたいことでした。しかし一歩ずつ、半歩ずつでも前に進みたかった一心で、踏み出してみました。まだまだ、一首作るにも大変な時間がかかりますが、その分多くの人や物に愛着が増えていっているように感じ、少し幸せな気分です。


この稿を書き始めた頃、思いがけず過去の『大本』誌や『木の花』誌を手に取りました。目に止まったのは、初めて見る亡き祖母の愛善冠句や短歌でした。緑寿館や長生殿ご造営の献労、人型お勧め活動、日々の農作業、家族や孫たちのことなど……。祖母の生活や信仰心の一端に触れることができました。そして、祖母が私の短歌の学習も応援してくれているようなとても温かい気持ちになれました。


少し歩を進めてみると、新しい発見があるのかもしれませんね。

 


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